家族教室

2006年度第3回 家族会報/家族教室開催報告

2006年4月2日(日)16:00~17:00 ハートクリニックデイケアセンター
講 師:小野瀬 博(ハートクリニック医師)
テーマ:「統合失調症・その他の精神障害」

今年3回目となる家族教室は、春の嵐とでも言うような、激しい雨風の中にもかかわらず、大変多くの皆様にご来場いただきました。

今回は、統合失調症やその他の精神障害について、ハートクリニックの小野瀬 医師より、各疾患の特徴的な症状、有効な治療法などについて、ご家族さまにも知っておいて頂きたい基本的な事項を、お話しさせていただきました。ここでは、セミナーのお話の中心となりました、統合失調症について、ご紹介したいと思います。

どのようなときに、「統合失調症」と診断されるのか?

統合失調症の様相は、その始まりか、始まってから数年たったときか、長期入院中かによっていろいろ違っています。また、その始まり方も、急に激しい症状が前面に出る場合もあれば、長い期間をかけて、静かに発病する場合もあります。様々なケー スがあるのです。そのため、「統合失調症」と診断するには、かなり専門的な知識と経験が不可欠です。そして、統合失調症のような精神疾患の診断は、はっきりと目に見るものを頼りに診断できるわけではありませんので、診断をするための何らかの基準が必要となります。

そこで、精神疾患の診断には、世界のどの国でも共通で使用できる、診断基準というものが用いられます。現在は、WHO(世界保健機関)の作っている「ICD-10」というものと、「DSM-Ⅳ精神疾患の分類と診断の手引き」というものが使用されています。統合失調症も、こうした診断基準にあてはまるかどうか、ということをもとに、診断されます。セミナーでは、「DSM-Ⅳ」による、統合失調症の診断基準が紹介されました。

どのような人が統合失調症に罹患するのか?

さて、統合失調症というと(或いは、精神疾患一般について)、あまり身近な感じがしなかったり、自分には関係のないもの、と感じる方が多いかもしれません。しかし、本当に、統合失調症はそんなに珍しい病気なのでしょうか。統計的に見ると、世界のどの地域でも、およそ120人に1人が生涯のうちに、1度は罹患する〔多くは、15~30歳に発症する〕という数値が出ています。また、発症に男女差はなく、このようなことをふまえると、統合失調症は、むしろ、誰が罹ってもおかしくない、身近な病気、ということができそうです。

それでは、どのような原因で、統合失調症に罹患してしまうのでしょうか?
残念ながら統合失調症も、他の多くの精神疾患と同じく、その本質的な原因が突き止められるまでには至っていません。しかし、生物学的な研究がすすむにつれ、統合失調症は、脳・神経細胞とそのネットワークがおかされる病気であることがわかってきました。そのため、昔のように、統合失調症を「キツネつき」だとか、「悪霊の仕業」などといった考えを持つ人は、ごく少数になってきていると思います。ただ、それでも、統合失調症の原因については、いまだに、多くの誤解があることも事実です。

例えば、統合失調症は遺伝病だ、という考えです。これは俗説です。第二次世界大戦以前の精神医学では、統合失調症の原因は遺伝であるという考えが当然のこととされていました。しかし、その後の研究によって、こうした考え方がまったくの誤りであることが証明されています。また、よくある誤解に、家族(特に母親)が統合失調症患者をつくる、というものがあります。これは、第二次世界大戦後のアメリカで、あがった病因説です。なるほど、統合失調症の患者さんの家族の中には、家族関係がしっくりいかず、これは病気になってもしかたないなあ、というケースがあることは事実かもしれません。しかし、大半はそんなことはありませんし、逆に、家族の中に病人がでたために、家族関係がぎくしゃくしてしまった、ということも考えられます。「家族が統合失調症をつくる」説は、根拠が曖昧で、とても採用できる病因説ではありません。

現在では、統合失調症の原因は、「脆弱性―ストレス仮説」というモデルで説明されています。おおざっぱに言うと、その個人が生まれながらにしてもつ素因と、環境的ストレスが、複雑に作用し合って、統合失調症を発症してしまう、ということです。

統合失調症の症状

統合失調症の症状には、どんなものがあるでしょうか。皆さんは、思い浮かべられますか?

統合失調症の症状は、2つに大別されます。「陽性症状」と「陰性症状」がそれです。

陽性症状

陽性症状は、正常な心理状態には見られない、“異常”な心理現象のことです。

例えば、現実にはないものが見えたり聞こえたりする「幻覚」や、訂正不能な誤った考えである「妄想」、理解不能な強い焦燥感、激しい興奮(精神運動興奮)、「作為体験(自分ではない何かの力によって行動させられてしまう)」、自分の思考が他人に知られてしまうと感じる「考想伝播」、自分の考えが抜き取られてしまうと感じる「思考奪取」、自分に考えを吹き込まれていると感じる「思考吹入」、支離滅裂な会話、などがそうです。

これらの症状は、激しく(華々しい、と表現されることもあります)、この症状のために、周囲の人が「これはなにかがおかしい」と気付き、初めて病院を受診するきっかけになることが多く、また、その激しさから、世間的には、陽性症状を、統合失調症の中心的症状と受け取られることが多いようです。これらの症状は、脳内のドーパミン受容体の過敏性と関係が深いようです。ただ、こうした症状は、薬によく反応し、比較的すみやかに落ち着くもので、どちらかといえば、次に述べる陰性症状の方が、やっかいで、患者さんを、長く苦しめます。

陰性症状

脳内の生物学的変化によると考えられる症状のもう1つには、陰性症状(能力障害)というものがあります。

こうした症状は、病気の最初のうちから見られる場合もありますが、多くの場合、病気になってから、何年か経過するうちに、次第に目立ってくるものです。

陰性症状とは、先ほど述べた陽性症状 とは逆に、正常な心理現象にあるはずのものが欠落している、という意味合いで、名づけられました。例えば、思考・会話内容が貧困になり、同じことばかり話すとか、意欲が低下して無気力になり、仕事や役割が果たせず、食べて寝てばかりいるとか、感情表現が少なくなり、内にこもっているとか、人付き合いが下手になるとか、作業能力が低下するとか、といったことです。これらは、病気の症状であって、患者さんは決して「怠けている」わけではありません。また、社会的にこうした症状への理解が足りないために、患者さんにとって適切な環境が用意されず、必要以上に自閉に陥っていることも少なくない、ということも注意すべき点です。更に、施設に閉じ込められてしまったがゆえに、悪化してしまっていることも多く、こうした症状には、社会の中での、積極的なリハビリが重要となります。

統合失調症の経過

大きく、統合失調症の経過は急性期と慢性期に分けられます。急性期では、最初、患者さんは、学業にしろ仕事にしろ、何かしら壁にぶつかっている感じがして、閉塞感に襲われます。そんな中で、次第に、自分に自信がもてなくなり、なんとなく、周囲の人が自分をあざ笑っているような、そんな気分になります。そして、頭が異常に冴えるような感覚をおぼえます。更に、周囲の何でもないこと、例えば、風の音や信号機の色、店の看板などが、自分にとって何か意味のあることのように思えてしかたがなくなります。自分のしらないところ、重大な何かが仕組まれているような、不安感を覚え始めます。次第に幻聴も聞こえ始め、患者さんの恐怖感、不安感は最高潮に達し、自分と世界の境目が不明瞭となり、様々なトラブルが生じます。こうした急性期極期の状態で、多くの場合、患者さんは受診を開始します。

慢性期は、薬によって幻覚や妄想などの陽性症状が抑えられ、かわって陰性症状が前景となり、社会的な引きこもりが問題になりやすい時期です。ですので、この時期、積極的にリハビリを行うことが重要となります。

統合失調症は、一度の急性期症状のあと、安定した経過を辿ることも少なくありませんが、自分が病気であることの理解をもちにくい、という統合失調症の特徴ゆえに、治療や服薬の中断をしてしまうために、再燃を繰りかえしてしまう場合がしばしばあります。再燃を繰り返すと、症状は重症化してしまい、回復までにかかる時間が長くなる傾向があります。統合失調症には、継続的な治療と服薬が不可欠なのです。

統合失調症の治療

統合失調症の治療にあたっては、まず、規則的な服薬によって、患者さんの“過覚醒”の状態を鎮めることが重要です。“過覚醒”の状態とは、すべての刺激が選択されないまま、頭の中に流れて込んでしまう状態です。私たちは、健康な状態では、色々な視覚情報や聴覚情報の中から、自分が今、注意をむけるべき刺激を、無意識に選択しています。統合失調症の患者さんたちは、こうした脳内の働きが病気によっておかされてしまっているために、エアコンの音も、服がすれる音も、人が話す声も、何もかもがいっぺんに同じ量で自分の中に入ってきます。そうした中で、幻聴や妄想を生じています。それは耐え難い状態だということは、想像に難くないと思います。そこで、まずは、こうした症状を薬でおさえることが必要なのです。薬物治療では、抗精神薬、抗不安薬、抗うつ薬などを用います。

次に重要になるのが、リハビリテーションです。精神科デイケアや作業所などがその代表的なものですが、ここで強調したいのは、精神科リハビリテーションの過程は、単に技術の修復や能力の回復といったものだけではない、ということです。心理的な回復と、成長の過程である、ということです。患者さんは、精神障害をもってしまったことで、多くの場合、順調な人生のコースから外れてしまった、と感じ、自己効力感が低下しています。ですので、こうした点にも、焦点をあて、患者さんがご自身の病気を受け入れながら、人生の価値を再評価したり、身近な楽しみを発見したり、将来の生活イメージを見直したりしていくことが、精神科リハビリテーションのもうひとつの意味と言えます。