家族教室

2008年度第2回 家族会報/家族教室開催報告

2008年3月2日(日)16:00~17:00 ハートクリニックデイケア

講 師:山野 祥明(ハートクリニック/医 師)

テーマ:「気分障害―うつ病(うつ状態)を正しく理解していただくために」

前回とはうってかわって、春の訪れさえ予感させるような好天に恵まれ、2008年第2回家族教室には、大変多くのご家族のみなさまに足をお運びいただくことができました。  今回はテーマを「気分障害」として、うつ病(うつ状態)について、その一般的症状から治療、ご家族とご本人にぜひ知っておいて頂きたいこと、などを、ハートクリニックの医師(山野)よりお話しさせていただきました(今回はスライド資料はございません)。

うつ病とは

うつ病は、「こころのカゼ」と表現されることがよくあるようです。皆さんは、この言葉をどのように受け取っていらっしゃるでしょうか?この言葉は、うつ病が誰でも心がちょっと疲れたときにかかりうる病気で、決して特殊な人だけがかかる病気ではない、ということを表わすには、とても便利でわかりやすい言葉です。しかし、同時に誤解を招きやすい言葉でもあります。うつ病は、ほうっておくと慢性化しやすい病気です。そして自殺という最悪の事態をまねきかねない病気でもあります。こうしたことから、カゼのようには、気軽に考えることはできない病気なのです。

ただ、1つ言えることは、うつ病は治療すれば必ず治る病気だということです。確かに、病気を治すには、患者さんご自身の「自分で治そう」という主体的な気持が大切ですが、「自分1人で治そう」などと思わずに、うつ病を正しく理解し、専門医の力を借りながら治していくことが、病気を克服する一番の近道です。他の病気と同じように、治療は早いにこしたことはありません。

うつ状態とうつ病

気持が滅入る、何もする気になれない、悲しいなど、気分が落ち込んだ状態のことを「うつ状態」と言いますが、こうした「うつ状態」は、うつ病に特有のものではありません。うつ病にかかっていない人でも、何らかのストレスで気分が落ち込んでいれば「うつ状態」ですし、身体の病気のせいで落ち込みが激しい状態も「うつ状態」、そして、うつ病以外のこころの病気で落ち込みが見られるときも「うつ状態」です。つまり、「うつ状態」は、誰でもが経験するもので、「うつ状態=うつ病」ではありません。

だれしもが経験する「うつ状態」ですが、落ち込みが激しく、かつ長引く場合に、うつ病が疑われます。一般に、2~3週間以上経っても「うつ状態」が解消されない場合、うつ病の疑いが強まります。

うつ病の症状

うつ病というと、抑うつ気分のような、精神面にあらわれている症状がクローズアップされがちですが、身体面にも症状はあらわれます。ここでは、精神面にあらわれる症状と身体面にあらわれる症状を整理しておきたいと思います。

〈精神面にあらわれる症状)

●感情面
  抑うつ気分、不安感、イライラ感、劣等感、後悔、心配症、人に会いたくない、自責感、自殺念慮

●思考面
  思考力減退、悲観的思考、記憶力低下、妄想(心気妄想、罪業妄想、貧困妄想)

●意欲面
  億劫、無気力、根気がない、興味・関心の喪失、集中力低下

〈身体面にあらわれる症状〉

全身倦怠感、易疲労、頭重、頭痛、肩こり、筋肉痛、眼精疲労、不眠、過眠、食欲不振、胃部不快感、過食、性欲減退、胸部圧迫感、腰痛、頻尿、口渇、便秘、しびれ感、冷感、関節痛など

神面にあらわれる症状のうち、特に強調しておかなければならない症状は、「自殺念慮」かもしれません。うつ病の患者さんのほとんど全てといっていいほど多くの方に、自殺願望が生まれます。うつ病になりやすい方は、元来、責任感が強く、まじめな方が多いため、何もかも億劫になり、家事や仕事がこなせない自分を責め、絶望し、将来に希望が持てなくなります。その結果、「死にたい」「死ぬしかない」と思い詰めることになります。また、時期的に見て、とりわけ自殺の危険性が高いのは、症状が回復しかけた頃です。ベッドから起き上がることもできないほど重症のときは、自殺するだけのエネルギーもない状態ですから比較的すくないのですが、よくなってきたと感じられる頃は、死にたいと思えばいつでも実行に移すことができます。ですから、周囲の人は、回復してきたからといって安心したり、甘くみてはいけません。家族は細心の注意を払いながら、あたたかく見守る必要があります。繰り返しになりますが、「心のカゼ」であるうつ病では、残念ながら実際に命を絶つ人が少なくありません。そういう意味では、うつ病は死につながる危険性のある病気のひとつであると心得ておいたほうが良いでしょう。

さて身体面にあらわれてくる症状に関連して、ぜひご理解いただきたいものに「仮面うつ病」があります。うつ病というと、先にあげた、不安感や意欲低下などの精神症状を思い浮かべがちですが、そうした「いかにもうつ病らしい」精神症状よりも、身体症状が前面に出る場合があります。身体症状という仮面をかぶっていて、うつ病に見えないことから、「仮面うつ病」と呼ばれます。体の具合が悪いのですから、たいていの方は内科などを受診します。しかし、仮面うつ病は心の病ですから、さまざまな臨床検査をしても、異常はみとめられません。ご本人にとってみれば、異常なしといわれても、実際につらい症状を抱えているわけですから、納得がいかず、当然、ほかの診療科へいったり、病院を変えたりすることになります。こうしたことは、時間や費用の無駄になるだけでなく、正しい診断が得られず、うつ病の治療の開始が遅れることになり、やっかいです。

身体にあらわれる症状は、全身症状と局部症状に分けることができます。仮面うつ病の全身症状は、ほかのうつ病と同じで、食欲障害、睡眠障害、疲労感、倦怠感などがあげられます。身体の局部にあらわれる症状は、頭痛や頭重感、はちまきを巻いている感じ、肩こり、腰痛、手足のしびれなど、さまざまなものがあります。このような局部の症状が目立つために、患者さん自身も精神症状を見逃してしまいがちです。

うつ病は脳の神経伝達物質が減少した状態

うつ状態のときは、脳内の神経伝達物質に変化が起こっていることがわかってきました。ここでは、神経伝達物質の働きについてみてみましょう。 人間の脳は、約1000億個の神経細胞で構成されています。それぞれの神経には、細長く突き出た樹状突起がたくさんあり、神経と神経は、この突起を介して網の目のようにつながっています。神経同士は、直接つながっているのではなく、わずかな隙間があります。その隙間で情報を神経から神経へ伝え合っているのが、セロトニンやノルアドレナリン、ドーパミンといった神経伝達物質です。これらの働きで、情報伝達がスムーズに行われることで、私たちは、ものを考えたり、感情を抱いたり、行動したりすることができるのです。

うつ病では、こうした神経と神経の隙間にある神経伝達物質の量が減っていることがわかってきました。どうやら、このことが、不安や憂鬱といった抑うつ気分を引き起こすもとになっているらしいのです。なぜ、このようなことが起こるのかは、まだ解明されていませんが、神経と神経の間の神経伝達物質の量を増やすと、抑うつ気分を改善できることがわかり、効果的な薬が発見されてきました。

うつ病の治療

うつ病の治療は、「薬」「休養」「精神療法」の3本立てで行われます。 まずは、「眠れない」「気持ちがふさいでどうしようもない」などといった、辛い症状を和らげるために、薬を服用します。眠れない場合は眠れるように、憂鬱な気分はる病です。そのため、休息と薬物によって一度病気から回復しても、以前と同じような物事の受け止め方や考え方をしていると、また同じようなきっかけで、うつ病を再発してしまう恐れがあります。そこで、精神療法では、これまでの患者さんの生き方や考え方、物事の受け止め方を整理して、自分のクセを把握し、自分にとってデメリットとなるようなクセを修正する、ということを目指します。つまり、以前と同じことが起こっても、別の考え方や受け止め方ができるよう、予防策を講じておくのです。

うつ病の治療は、半年から1年間くらいかかるのが普通です。しかも、個人差が大変大きく、一概に「全治○ヶ月」などと言うことはできません。うつ病は、一進一退を繰り返して少しずつ治っていく病です。回復の波に身を任せるつもりで、過ごすのがよいでしょう。