家族教室

2008年度第5回 家族会報/家族教室開催報告

2008年6月1日(日)16:00~17:00 ハートクリニックデイケア

講 師:長坂 良(ハートクリニック/医 師)

テーマ:「依存症について」

2008年第5回の家族教室は、「依存症」をテーマとして、主に「アルコール依存症」について、クリニック医師の長坂よりお話をさせていただきました。

セミナー終了後の質疑応答のコーナーでは、参加されたご家族の皆さまより、熱心なご質問を多数頂きました

アルコールは薬です

生活に潤いをもたらす、人間関係をスムーズにする、ストレスを解消する・・・。アルコールには、さまざまなプラスのイメージがあります。しかし、アルコールが薬物の一種であることを、忘れてはいけません。

アルコールは、医学的には、麻薬や覚醒剤となんら変わりのない、薬物の一種です。中枢神経(情報の判断や行動の指令をする全身の司令塔)の機能を抑制する働きをもっています。これは、全身の機能をすべて抑制(=おさえこむ)してしまうことを意味します。たとえば、心臓の動きをゆっくりとさせ、血圧を下げます。呼吸数を減少させ、胃腸の働きも低下させます。筋肉の働きも低下させます。

アルコール依存症は、アルコールという薬物を体内に入れることで、繰り返し快感を得ようとする病気です。不快な感情をコントロールするために、アルコールによる肉体的な満足を得ることで、心の安心をもとめようとするのです。アルコールは、他の薬物などと異なり、安易に、誰にでも手に入れられる、という便利さから、もっとも手っ取り早く、安易にはまりやすい危険性があります。

「アルコール依存症」は病気です

みなさんは、「アルコール依存症」に対して、どんなイメージをもたれているでしょうか?

一般的なアルコール依存症のイメージは、次のようなものではないでしょうか。

  • •酒びたりで仕事をしない
  • •酔うと暴力をふるう
  • •酒が切れると手が震える
  • •やめられない、意思の弱い人・・・等

一方、医学的な診断のポイント、つまり、「病気」かどうかの分かれ目は、次の4点にまとめることができます。

  • •量が増えてくる
  • •精神的な依存
  • •身体的な依存
  • •(飲酒問題)

かつては、アルコール依存症になりやすい人は、逃避的で非社交的な人、わがままで規範にとらわれない人、小心で完全を求めがちな性格な人など、とされていました。しかし、現在では、それ以外の性格の人にも多くみられ、なりやすい性格傾向というものはない、とされています。

アルコール依存症は、アルコールの量を調節するブレーキが壊れる病気(調節障害)と言われています。

アルコール依存症では、まず、確実に飲酒の量がエスカレートしていきます。脳が、アルコールによる刺激に“慣れ”てしまって、以前よりも多い量を飲まないと、酔うこと(=快感を得ること)ができなくなります。また、精神的な依存が現れます。これは、平たく言うと、常にお酒のことを考えている、といった状態のことです。アルコール依存症になると、頭からお酒のことが片時も離れず、絶えず、家のどことどこにお酒がどのくらいの量あって、深夜にお酒が買えるお店があそこにあって・・・といった考えばかりが頭の中にあります。一方、身体的な依存は、お酒が身体から抜けた際、離脱症状が出現することでわかります。離脱症状とは、手や身体の震え、発汗、頻脈、不安、興奮、不眠、吐き気、幻覚などのことを言います。

アルコール依存症では、常にアルコールが体内に保持された状態になっています。すると、全身の機能は、アルコールによって押さえつけられている状態(働きが低下した状態)となっていますが、押さえつけられっぱなしだと、生命が維持できなくなってしまいますので、実際には、押さえつける力に負けないように、身体が一生懸命に頑張っている状態でもあるのです。それが、お酒が身体から抜けると、“押さえ”がなくなった状態となり、今まで押さえつけられていた全身の機能が一気に高まって「離脱症状」という症状が現れるのです。最後に飲酒問題と呼ばれるものが、アルコール依存症では必ずといっていいほど、生じます。診断基準として直接かかわりがあるわけではありませんが、アルコール依存症では、この「飲酒問題」も重要なポイントとなります。

アルコール依存症になると、様々な問題が出てきます。たとえば、家族や友人、親しい人たちとの関係が壊れたり、仕事がままならなくなり、社会的な信用を失ったり、自身の身体を壊したりする、という問題です。身体の問題で言えば、お酒の通り道は、通常の何倍もガンになりやすいと言われています。

アルコール依存症は、ご本人の健康や生活、生命を脅かすだけでなく、家族や社会を巻き込んで混乱を招く重い病気です。

アルコール依存症の悪循環

さて、アルコール依存症になると、お酒に対する独特の考え方をするようになります。先に述べた「飲酒問題」そのものは、アルコール依存症の方ばかりでなく、単に“お酒を飲みすぎる”という方にも、同じように生じてくる問題です。しかし、健康な状態では、「飲酒問題」が生じると、「これではいけない」と、お酒の量を控えたり、やめたり、といった行動が生じます。それによって、「飲酒問題」は悪化せずに、ある程度のところで事態は改善されます。ところが、アルコール依存症になると、「自分にお酒の問題はない」という独特の考え方をします。「今だけお酒の力を借りるんだ」と、現実を否認し、飲酒を繰り返します。そしてまた、更に深刻な「飲酒問題」を引きこします。

健康であれば、お酒を飲むことも、飲まないこともできます。どのくらい飲むか、いつ飲むか、どこで飲むかを自分の意思で決めることができます。体の具合や都合が悪ければ飲まずにいることができ、元気になれば、また適量を楽しむことができます。しかし、アルコール依存症では、“次の酒”を身体が欲し、それに抗うことができません。

失ったコントロールは取り戻せません

先に、アルコール依存症は、飲むお酒の量をコントロールするブレーキが壊れる病気だ、と述べました。では、そのブレーキを直すことが、アルコール依存症の治療になる、と考える方がいらっしゃるかもしれません。もちろん、壊れたブレーキを修理することができたら、それに越したことはないでしょう。「いつ・どこで・どのくらい」お酒を飲むか、訓練して、コントロールする力を再び取り戻すことができれば、どんなに良いでしょうか。しかし、残念ながら現在もなお、、アルコール依存症で失ったコントロールを取り戻す方法は、開発されていません。いまのところ、アルコール依存症の患者さんが、“適量のお酒を飲めるようになる”ことは、二度とありません。

唯一の解決法 ―断 酒―

アルコール依存症の唯一の解決法は、「断酒」です。これは、生涯を終えるまで、一生、一滴もお酒を飲まないことを意味します。「節酒(節制した飲酒)」は意味をなしません。どんなに長い間お酒をやめていても、一滴でも飲めば、その瞬間から、完全に病気はぶりかえしてしまいます。

アルコール依存症の治療

アルコール依存症は病気ですので、治療が必要です。そして、他の病気と同じように早期発見・早期治療が回復への近道となります。治療の目標は、完治ではなく回復です。病院は、患者さんの回復のお手伝いをします。

治療の最初は、断酒です。身体を酩酊状態からさまします。併せて、アルコールによる身体症状の治療を行います。そして、患者さんに対して、病気についての教育や精神療法を行います。そこで、患者さんご本人に、自分が病気であること、アルコール問題があることを自覚していただきます。この、ご本人がご自分の問題を自覚することが、その後の回復に重要な役割を果たします。

※抗酒剤について

抗酒剤は一時的にお酒に対して、非常に弱い体質をつくる作用があります。特にお酒に弱い人は飲酒するとすぐに顔が赤くなり、さらに飲酒すると頭痛や吐き気など不快な症状が出てきます。元々お酒に強い人にこれらのお酒に対する反応を起こし、お酒を飲めなくするわけです。しかし、この抗酒剤を飲んだからといって、決してアルコールが嫌いになったり、アルコール依存症が治るわけではありません。ただ、酒害者が自らのアルコール問題に気づき、断酒を決意してそれを実行に移そうとしたときに、この抗酒剤を服用すると断酒の継続が少しでも容易になるという効果が発揮されるだけです。また、抗酒剤さえ飲んでいれば、断酒を続けることができるかといえば、そんなわけではありません。抗酒剤は、患者さんご自身がその効果を自覚し、自らすすんで服用したときにその効果を発揮します。

病院やクリニックでの治療は、回復への第一段階です。その後、自助グループなどへの参加を継続してくことが、断酒を継続し、回復するためには不可欠となります。自助グループへの参加こそ、世界中の専門家が認める唯一の効果的な方法です。自分と同じ体験をした仲間と断酒の道を歩むことで、疎外感やストレスを解放でき、アルコール無しの新しい生き方を見出すことができるのです。

ご家族も・・・

アルコール依存症の患者さんのご家族も、長年にわたる本人の飲酒問題で疲れ切っていることが普通です。精神的なゆとりが持てなくなっていることも多いでしょう。したがって、ご家族の方もアルコール専門機関で行われている家族ミーティングや家族対象の自助グループに参加して精神的なケアを受けた方が効果的です。