家族教室

2009年度第4回 家族会報/家族教室開催報告

2009年5月3日(日)16:00~18:00 ハートクリニックデイケア

講 師:浅井 逸郎 /ハートクリニック理事長(医 師)

テーマ:うつ病と人間関係-こころの健康アラカルトより

2009年第4回の家族教室セミナーは、「うつ病と人間関係」とのテーマで、当院理事長より、お話しさせて頂きました。

予定表にて皆さまにお知らせしておりましたテーマとは内容が異なりましたことを、お詫びいたします。なお、当初、予定しておりました「パーソナリティ障害」につきましては、別の機会に取り上げさせて頂きたいと思います

うつ病は気分障害のひとつ

気分と意欲が障害される一群の精神疾患を「気分障害」呼んでいます。

私たちは、悲しいことがあれば落ち込んだり、逆に嬉しいことや楽しいことがあれば気分が高揚したりします。これは、ごく自然なことで、私たちの誰もが日常生活の中で経験することでしょう。しかし、その質と量が健康な状態とは異なるとき、それを「気分障害」という名前で呼んでいます。

そのうち、うつ状態のみが現れるものを「うつ病」、うつ状態も躁状態も現れるものを「双極性障害」(狭い意味での「躁うつ病」)と呼んでいます。

うつ病はどんな病気?

うつ病は、「こころのカゼ」と表現されることがよくあるようです。

皆さんは、この言葉をどのように受けとっていらっしゃるでしょうか?この言葉は、うつ病が、心がちょっと疲れたときに誰もがかかりうる病気で、決して特殊な人だけがかかる病気ではない、ということを表しています。そういった意味では、この言葉はとても便利で理解しやすい言葉です。しかし、一方では、誤解を招きやすい言葉でもあるようです。

うつ病は、放っておくと慢性化しやすい病気です。そして自殺という最悪の事態をまねきかねない病気でもあります。こうしたことから、カゼのようには、気軽に考えることはできない病気なのです。

ただ、1つ言えることは、うつ病は治療すれば必ず治る病気だということです。確かに、病気を治すには、患者さんご自身の「自分で治そう」という主体的な気持が大切ですが、「自分1人で治そう」などと思わずに、うつ病を正しく理解し、専門医の力を借りながら治していくことが、病気を克服する一番の近道です。他の病気と同じように、治療は早いにこしたことはありません。

うつ状態は異常な状態ではない

気持ちが滅入る、何もする気になれない、悲しいなど、気分が落ち込んだ状態のことを「うつ状態」と言いますが、こうした「うつ状態」はうつ病に特有のものではありません。うつ病にかかっていない人でも、何らかのストレスで気分が落ち込んでいれば「うつ状態」ですし、身体の病気のせいで落ち込みが激しい状態も「うつ状態」、そして、うつ病以外のこころの病気で落ち込みが見られるときも「うつ状態」です。つまり、「うつ状態」は、誰でもが経験するもので、「うつ状態=うつ病」ではありません。この“うつ状態”は、決して異常な状態ではなく、ストレスがかかったときには身体的にも精神的にも、私たちを強制的に休ませるためにうつ状態はあるのです。

では、誰しもが経験する「うつ状態」と病気としてのうつは、具体的にどう違うのでしょうか?

たとえば、日常的なうつ状態であれば、いやいやながらでも職場に行って仕事もでき、主婦なら家事もできます。休んだとしてもせいぜい1日くらいのものですむでしょう。しかし、うつ病になると、仕事も家事も学校も勉強も、更には食事や入浴といった習慣的な行動さえ、できなくなってしまいます。これは決して面倒だからではなく、「やらなくては」と思いながらもできないために、ご本人は大変つらい思いをするのです。

また、日常的なうつ状態では、物事を悲観的に考えてしまっても、「死のう」とまで思いつめてしまうことは稀でしょう。しかし、うつ病では、「自分は生きる価値がない」と思いこみ、自殺を考えます。更に、健康な状態では、相当気持ちが落ち込んでいても、原因となっていたことが解決すれば、ある程度気持ちがすっきりするものです。悩みそれ自体が解決できなくても、楽しいことがあったりすると、短時間でも気がまぎれることがあります。ところが、うつ病では、どんなに良いことがあっても落ち込みが解消されることがありません。

このように、私たちが日常的に経験するうつ状態と、うつ病は異なるものなのです。

うつ病の症状

うつ病というと、抑うつ気分のような、精神面にあらわれている症状がクローズアップされがちですが、身体面にも症状はあらわれます。ここでは、精神面にあらわれる症状と身体面にあらわれる症状を整理しておきたいと思います。

〈精神面にあらわれる症状〉

  • •感情面
    抑うつ気分、不安感、イライラ感、劣等感、後悔、心配症、人に会いたくない、自責感、自殺念慮
  • •思考面
    思考力減退、悲観的思考、記憶力低下、妄想(心気妄想、罪業妄想、貧困妄想)
  • •意欲面
    億劫、無気力、根気がない、興味・関心の喪失、集中力低下

〈身体面にあらわれる症状〉

全身倦怠感、易疲労、頭重、頭痛、肩こり、筋肉痛、眼精疲労、不眠、過眠、食欲不振、胃部不快感、過食、性欲減退、胸部圧迫感、腰痛、頻尿、口渇、便秘、しびれ感、冷感、関節痛など

こうしたうつ病の症状は“うつ病の四大症状”として(1)抑うつ気分、(2)精神運動制止、(3)不安焦燥感、(4)自律神経症状とまとめて表現されることがあります。

うつ病は、心のエネルギーが低下した(あるいはなくなった)状態と言い換えられるかもしれません。症状が進むと、周囲がどんなに面白く感じることでも、まったく楽しくありません。かといって、悲しくて泣けてくるわけでもない状態になってしまうことがあります。うつ病のひどい状態では、感情の動き自体が低下してしまうのです。

うつ病の経過

うつ病の発症から回復までの経過には、ある程度共通したパターンがあるようです。多くの方が、生活の中で楽しさを感じられなかったり、以前は興味を持っていたものに興味を持てなくなったり、といった前兆ともいえるような症状から始まるようです。

また、身体的にもいろいろなところに不調を感じるようになり、やがて悪化すると、気分の落ち込みが激しくなります。更に、重症の時期には身体を起こすこともままならない、といった状態になることがあります。一方、回復期には、少しずつ興味や関心が戻ってきたり、ものごとを楽しめる感覚が戻ってきます。

ご家族の対応について

他の病気同様うつ病の回復にも、ご家族の対応や関わりは重要な役割を果たします。家族が本来の健康な機能を保つことが、ご本人の療養生活の何よりの支えになります。「普通に過ごす」-これがご家族の過ごし方なのです。

この「普通に過ごす」の中身は、というと、おおよそ、次のようなことになるのではないでしょうか。心配しすぎない、面倒をみすぎない、役割をとらない。心配のしすぎは、ご本人の「私が迷惑をかけている」という思いにつながります。また、面倒をみすぎたり、ご本人の家族の中での役割をとってしまうと、ご本人は「自分がやらなくても誰かがやってくれる」と思います。

「うつ病の患者さんを絶対に励ましてはいけない」という言葉は、いろいろなところで目にする言葉です。確かに、生物学的な症状が多く出ており、自分では何も考えられないような、入院が必要な重症の状態では、不用意な励ましは厳禁ですし、たくさん心配してあげて、かわれることは、周囲の人が肩代わりしてあげることが良いでしょう。しかし、この言葉にがんじがらめにされることはないのです。ご本人の状態に合わせて、少しずつ、対応を変えていく必要が、本当はあるのではないでしょうか。 ご本人が回復の途上にあり、少しずつ動けるようになってきているのならば、ご本人を「一人の大人」として、“普通に”対応することが、一番の回復の助けになります。

ご家族も、ご本人も、思ったことや考えたこと(不満も含めて)をお互いに言葉にして出すことができる、そんな健康的な関係が、実は大切なのではないでしょうか。また、ご家族が、ご自身の生活を失わないことも大切なのではないでしょうか。個人としての生活を、です。うつ病の家族がいるからといって、周囲のご家族が自分の生活を犠牲にすることはありません。友人と出かけたり、趣味を楽しんだり、旅行をしたり・・・それまで楽しんでいたことを、そのまま楽しみ、ご家族が余裕をもたれることは、ひいては、ご本人に「ああ、自分は (病人ではなく)1人の個人として扱われているな」という感覚を抱かせることにつながりもします。ご家族の皆さまには、ぜひ、ご自身の生活を大切にしていただきたいと思います。

うつ病は、いろいろな本などに書かれているようには、簡単に回復する病気ではありません。身体の風邪のようには、すぐに回復することはできません。回復するには、非常に時間がかかる病気です。なぜなら、うつ病は、いろいろな意味で、それまでの自分をあきらめ、新しい自分を模索するという側面を持った病気だからです。うつ病の回復は、決して元の自分にもどることではありません。新しい自分を、そして自分の役割を見つけることこそが、本当の意味での回復です。だからこそ、うつ病から回復した際、患者さんには、「一皮むけた」ように成長を遂げられる方が多くいらっしゃいます。ご家族は、それに至る道のりを、叱咤激励するのでも、全部肩代わりするのでもなく、“あなたが重要”というメッセージを送り続けることで、支えていただけたら、と思います。