こころのはなし

こころの病気に関わるいろいろなお話を紹介します。
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器質性緊張病性障害

F06.1 器質性緊張病性障害(Organic catatonic disorder)緊張病(Catatonia)

疾患の具体例

28歳男性。半年ほど前から、「誰かが自分の悪口を言っている」とか、「誰もいないのにヒソヒソと囁く声が聞こえる」などと、時おり職場の上司に訴えていました。何となくボーッとしていることもあるようでしたが、ほかにこれといって変わったことはないため、上司もそのままにしてありました。
それが今日になって、「会社が頭のなかを覗き見している」「誰かが殺しに来る」などと独り言を言っていたかと思うと、突然黙り込み、目を開けたまま動かなくなりました。心配して周囲が話しかけても、反応しません。
そのため上司に伴われて病院に来ましたが、医師が質問しても時々うなずくだけで、ほとんど反応がありません。「右手を挙げてください」と医師が言うと、右手を挙げることは挙げたものの、下ろそうとせず固まったようになっています。医師の診断は、統合失調症を原疾患とする器質性緊張病性障害でした。

特 徴

器質性緊張病性障害は、さまざまな病気などが原因で起こる症候群です。 入院中にそうであると診断されることが多く、統合失調症の人の35%に生じるとされています。ただし、抑うつ障害や双極性障害に伴うケースも多く見られます。

原 因

器質性の精神障害には、脳そのものの病気(脳腫瘍、脳感染症、脳血管障害など)によって生じる精神障害と、内分泌疾患(甲状腺機能亢進症など)のような身体疾患のために脳が二次的に障害されて起こる精神障害があります。
いずれにせよ、“器質性”とは、脳そのものの構造的・形状的な性質が障害されて起こる病気や症状をさします。 また、器質性緊張病性障害の原因は、精神疾患か否かによって分けることもできます。
原因となる精神疾患には、神経発達症、精神病性障害、双極性障害、抑うつ障害などがあります。精神疾患以外の疾患には、脳炎や一酸化炭素中毒、脳葉酸欠乏症や自己免疫疾患、腫瘍に伴う障害などがあり、医薬品の副作用として発症することもあります。さらに、原因疾患が特定不能な場合もあります。

症状・経過

原因となる疾患が多種であるため症状も多様ですが、最も特徴的な症状は、精神運動性の障害です。たとえば、診察中も他人事のように無関心で動きがとぼしかったり、逆に過剰で独特な動きをしたりすることがあります。まったくの無反応から激しい興奮状態まで非常に大きな振幅があり、臨床像は複雑です。
一般的には、以下のような症状が目立ちます。精神活動が停止したかのように、じっとして動かない。他人に取らされた、あるいは自発的に取った奇妙な姿勢のまま、じっとしている。他人の指示を無視したり、抵抗したりする。言葉に反応しない、言葉を発さない。外部からの刺激に反応しない、あるいは反発する。普通の動作を、わざとらしく演じる。しかめ面をする。無目的な運動を、頻繁に繰り返し行う。理由もなく興奮する。他人の言葉や動作をまねる。
極端なケースでは、同じ人が運動の低下した状態と過剰な状態の間を行ったり来たりすることもあります。そのため、診察のとき患者がどの状態にあるかによって、診断がまったく異なってしまうことがあります。
経過は原因疾患によって異なりますが、器質性緊張病性障害が重度になると、自分や他者を傷つけることがあるため、注意が必要です。また、栄養不良や極度の疲労、高熱などによって身体症状が悪化することもあります。

治 療

さまざまな精神疾患や身体疾患を原因とする症候群であるため、原因疾患を治すことが根本的な治療法です。向精神薬の投与は、原因疾患には効果がなくても、体の姿勢を保つことが改善する場合があります。

予 後

病気の経過中に発熱や自律神経失調症を呈した場合には予後が悪いことがあり、かつては致死性と言われました。しかし今は、適切な治療と身体管理によって救命できるようになっています。

診断基準:ICD-10

F06の序論に定めた器質性原因を推定する一般的基準を満たさなければなりません。さらに、以下のいずれか1つが存在しなければなりません。

  1. 昏迷(部分的あるいは完全な緘黙、拒絶症、強直姿勢を伴った自発運動の減少あるいは完全な欠如)。
  2. 興奮(攻撃的傾向を伴ったり、伴わなかったりする激しい運動過多)。
  3. 昏迷と興奮の両者(寡動から多動へ急速にかつ予測できずに変化する)。 診断をさらに確実にする他の緊張病性現象は、常同症、ろう屈症、衝動行為です。(緊張型統合失調症、解離性昏迷、特定不能の昏迷を除く)

診断基準:DSM-5

他の精神疾患に関連する緊張病。 臨床像は以下の症状のうち3つ(またはそれ以上)が優勢です。

  1. 昏迷:すなわち、精神運動性の活動がない。周囲と活動的なつながりがない。
  2. カタレプシー:すなわち、受動的にとらされた姿勢を重力に抗したまま保持する。
  3. 蝋屈症:すなわち、検査者に姿勢をとらされることを無視し、抵抗さえする。
  4. 無言症:すなわち、言語反応がない。またはごくわずかしかない(既知の失語症があれば除外)。
  5. 拒絶症:すなわち、指示や外的刺激に対して反対する、または反応がない。
  6. 姿勢保持:すなわち、重力に抗して姿勢を自発的・能動的に維持する。
  7. わざとらしさ:すなわち、普通の所作を奇妙、迂遠に演じる。
  8. 常同症:すなわち、反復的で異常な頻度の、目標指向のない運動。
  9. 外的な刺激が影響によらない興奮。
  10. しかめ面。
  11. 反響言語:すなわち、他者の言葉をまねする。
  12. 反響動作:すなわち、他者の動作をまねする。

※参考文献
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト』(メディカルサイエンスインターナショナル)