こころのはなし

こころの病気に関わるいろいろなお話を紹介します。
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非器質性遺糞症

F98.1 非器質性遺糞症 Nonorganic encopresis

疾患の具体例

5歳、男児。弟が産まれた直後から、トイレではなく服の中に排便をするようになりました。親はそのつど厳しくしかりますが、泣くばかりで効果はありません。幼稚園でもトイレに行くことを拒み、我慢しているうちにもれてしまいます。他の子どもから避けられており、登園を拒むようになりました。服の中の便を触ったり、隠したりすることもあります。なお、赤ちゃんの頃から便秘ぎみで、今でもお腹が張っていることがよくあります。

特 徴

「非器質性遺糞症」は、身体の機能に異常がないのに、通常ふさわしくない場所(例:衣服の中、床)に反復して排便をする障害です。ほとんどの場合、ついもれてしまうのですが、時にはわざと排便することもあります。子どもの年齢は、少なくとも4歳以上であることが診断の要件です。
排便が意図的ではない場合は、しばしば便秘を患っています。お腹の中にたくさんの便が貯まり、結果として溢れ出してしまうのです。そうしたケースでは、便は液状かもしれません。遺糞症に伴う便秘は、排便時のお腹や肛門などの痛み、あるいは不安など心理学的理由によって起きている可能性があります。
この障害のある子どもは、そのことが恥ずかしいと感じています。そのため、修学旅行やキャンプなど、長時間、他人と一緒にいなければならない状況を避けたがるかもしれません。また、つい出てしまった便を隠そうと、便を触ったり、塗りつけたりすることもあります。
なお、家の中の目立つところに排便するなど、明らかに意図的な場合は、反抗挑発症や素行症の特徴もみられることがあります。

有病率

5歳児の約1%に遺糞症があるとされており、女性より男性に多くみられます。

経 過

排便が自分でできるようになる前に遺糞症が生じる「原発型」と、排便が自分でできるようになってからの「続発型」があります。どちらにしても、遺糞が起きたり起きなかったりしながら、数年にわたって持続し得ます。 障害の程度は、その子どもの自尊心への影響、仲間から疎外される程度、保護者の怒り、罰、拒絶に関連しています。また、遺糞症や便秘のある子どもの多くは遺尿症の症状もあり、慢性の尿路感染症を引き起こす尿逆流も合併しているかもしれません。

原 因

遺伝要因と生理学的要因
排便時の痛みが強いと排便を止めるようになり、便秘を招きます。その結果として遺糞症が生じやすくなります。医薬品(例:抗けいれん薬、鎮咳薬)の使用も便秘を増強し、遺糞症の原因になるかもしれません。 また、不十分なトイレトレーニング(排泄のしつけ)や、心理社会的ストレス(例:入学、弟や妹の誕生)が素因となる可能性もあります。

治 療

いかなる症例においても、適切な排便習慣を教えなければなりません。 有効な生理学的対処として、毎日、緩下剤とオイルを飲むことがあります。また、行動介入的対処としては、毎日、決まった時間にトイレに座らせ、うまく排便できたときにご褒美をあげる方法が挙げられます。便秘がなく、自分で排便できる子どもに緩下剤は不要ですが、規則的な間隔でトイレに座らせる方法は、こうした子どもにも有効です。
支持的精神療法とリラクセーション技法も、この障害のある子どもの不安や、自尊心の低下、社会的孤立などに対処するうえで有用です。家族介入は、排便が自分でできながら、不適切な場所に排便を繰り返す子どもに有益な場合があります。生活上のちょっとした出来事を、子どもが自分で「できた」と実感できることは、良好な結果につながります。
なお、子どもが遺糞症の治療のために受診した時点で、家庭内不和と疲弊が生じているのが普通です。家庭内の緊張をほぐし、子どもを責めない雰囲気作りが大切です。治療の前に、家族が遺糞について誤った認識を正さなければなりません。

診断基準:ICD-10

診断にとって重要な特徴は、ふさわしくない場所へ排便することである。この病態はいくつかの異なった様式で発症する。第一に、適切な排便訓練を欠くか、訓練に対して適切に反応できないことが、適切な排便調節がこれまでずっと習得されていない既往で示されることがある。第二に、排便調節が生理学的に正常にもかかわらず、何らかの理由により承認された場所で排便するという社会規範にしたがうことを嫌がったり、抵抗したり、失敗したりするという心理的に規定された障害を現すことがある。第三に、生理学的な停滞によることがあり、便がつまって二次的にあふれ出て、ふさわしくない場所へ排便してしまう。このような便停滞は、排便訓練をめぐる親子間の争いから起こることも、排便時の痛み(たとえば肛門裂の結果として)によって便が排出されないためのことも、あるいは他の理由のためのこともある。 ある場合には遺糞症は、自分の身体や周囲に便をなすりつける行為を伴うこともあり、まれに肛門いじりや自慰を伴うことがある。通常ある程度の情緒/行動障害を伴うことが多い。情緒/行動障害を伴う遺糞症と、副次的な症状として遺糞症を含む他の精神障害との間に明確な境界はない。診断ガイドラインとして勧められるのは、遺糞症が主要な症状であるならば、遺糞症をコードし、そうでなければ(そして遺糞が月に1回以下の頻度であれば)他の疾患にコードすることである。遺糞症と遺尿症が合併することはまれではないが、この場合、遺糞症の診断が優先する。遺糞症は時に肛門裂や胃腸感染のような器質的な病態に引き続いて起こる。もし器質的な病態が便失禁を十分に説明できるのなら、それのみをコードすべきであるが、もし器質的な病態が便失禁を促進しても原因として不十分ならば、遺糞症をコードすべきである(身体的病態に付加して)。

【鑑別診断】
以下のものを考慮することが重要である。 神経節細胞欠損による巨大結腸症(Q43.1)あるいは二分脊椎(Q05.-)のような器質性障害による遺糞症(しかしながら、肛門裂あるいは胃腸感染のような病態に合併して、あるいは引き続いて遺糞症が起こることに留意する)。 水様あるいは泥状の便が「もれて」汚れる結果になる便の通過障害を含む便秘(K59.0)、ある場合には遺糞症と便秘は共存することがあるが、その場合は遺糞症とコードする(もし適切ならば、便秘を来した病態の身体的コードを付加する)。

診断基準:DSM-5

  1. 不随意的であろうと意図的であろうと、不適切な場所(例;衣服または床)に大便を反復して出すこと。
  2. そのようなことが少なくとも3ヵ月間、少なくとも毎月1回ある。
  3. 暦年齢は少なくとも4歳(またはそれと同等の発達水準)である。
  4. その行動は、便秘を起こす機序によるものを除き、物質(例;緩下剤)または他の医学的疾患の生理学的作用によるものではない。

いずれかを特定せよ。

便秘と溢流性失禁を伴う:身体診察上、または病歴による便秘の証拠がある。
便秘と溢流性失禁を伴わない:身体診察上、または病歴による便秘の証拠がない。

※参考文献
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト』(メディカルサイエンスインターナショナル)