こころのはなし

こころの病気に関わるいろいろなお話を紹介します。
「こころの病」についての知識をはじめ、
バラエティに富んだ情報を提供するなど、
患者様はもちろんご家族など皆様との交流を目指すコーナーです。

     

小児期の脱抑制性愛着障害

F94.2 小児期の脱抑制性愛着障害 Disinhibited attachment disorder of childhood
脱抑制型対人交流障害 Disinhibited Social Engagement Disorder

疾患の具体例

3歳、男児。生後間もなく両親が事故死し、親戚の家を転々としていました。2歳の頃に、養育者だった叔父からネグレクトを受けていることがわかったため、児童養護施設で育てられています。施設の職員をはじめ、施設に出入りする大人には誰にでも愛想よく近づき、べったりと抱きついたり、つきまとったりします。何でもないことで泣いたフリをしたり、わざと乱暴なことをしたりして、大人の注意を引こうとします。

特 徴

WHOの診断ガイドライン「ICD-10」に記載された「小児期の脱抑制性愛着障害」は、誰にでも見境なく愛着行動を示す障害です。通常、小さな子どもは知らない大人とかかわりを持つことをためらいますが、この障害のある子どもはためらいません。ほとんど初対面の人に対しても、自分から積極的に近づき、べったりとくっついたり、しがみついたりします。 「脱抑制」とは抑制がきかなくなった状態のことで、脱抑制性愛着障害は愛着を示す行為を抑制できないことを意味します。誰に対しても愛着を示さない「F94.1小児期の反応性愛着障害」とは対照的な症状といえます。小児期の脱抑制愛着障害は、施設で育てられた子ども以外でも起こりますが、乳児期から施設にいる子どものほうが、よりはっきりとこの障害が確認されています。
アメリカ精神医学会の診断と統計マニュアル「DSM-5」では「脱抑制型対人交流障害」として解説されています。通常、月齢の低いうちは特定の相手との愛着関係を築けないため、少なくとも9ヵ月の発達年齢であることが診断要件の一つとしています。
脱抑制型対人交流障害のある子どもは、大人には過度な愛着を示す一方で、子ども同士の交流は苦手です。子ども同士では表面的な付き合いしかできず、対人トラブルになることがあります。 なお、併存症として認知面や言葉の後れがみられることがあります。常同症(同じ行為を何度も繰り返す)のある子どももいます。注意欠如・多動症と、脱抑制型対人交流障害の両方の診断を受けることもあります。

有病率

有病率は不明ですが、まれな障害です。深刻なネグレクトを受け、その後、養護施設で育った子どもの中でも20%程度にしか生じません。

経 過

「ICD-10」によると、この障害は5歳以前に発症し、周囲の環境が著しく変わっても持続する傾向があるとされています。2歳ごろまでは誰にでもしがみついたり、べったりとくっついたりするなど、愛着行動を示します。4歳ごろまでは、相手を問わず愛着行動を示すものの、しがみつき行動は、注意を引くための親しげな行動にとってかわられます。小児期の中・後期には、特定の人にだけ愛着を示すようになることもありますが、注意を引こうとする行動はしばしば続き、同世代の仲間と調子を合わせた交流が苦手です。
「DSM-5」では、脱抑制型対人交流障害は2歳から思春期にかけてみられ、年齢によって症状が異なるとしています。一番年少の子どもは、大人に近づいたりかかわりを持ったり、どこかに一緒に行くことをためらいません。もう少し大きくなった就学前の子どもは、言葉や対人的なかかわりかたに症状が現れます。例えば、しばしば注意を引くための発言や行動をとります。思春期になると、同世代の仲間にまで見境のない行動が拡大します。健康な青年と比較すると仲間関係は表面的で、いさかいが多くみられます。

原 因

養育をする人が何度も変わることで、特定の人への愛着を発達させる機会が失われることが原因と考えられています。
環境要因:重度の社会的ネグレクトは診断要件の一つで、唯一わかっている危険要因です。
経過の修飾要因:養育環境の質が、障害の経過に影響するように見えます。しかし、標準的な養育環境におかれても、思春期を通じて障害が続く子どももいます。

診断基準:ICD-10

診断は、5歳以前に選択的な愛着が異常なほどに広範囲であること、および幼児期に誰にでもしがみつく行動、および/または小児期の初、中期にみさかいなく親しく、注意を引こうとする行動を伴うという明らかな事実に基づかなければならない。通常仲間たちとの親しい信頼関係を形成するのは困難である。情緒障害や行動障害は伴ったり、伴わなかったりする(一部はその小児の現在の環境による)。大部分の例で、生後1年のうちに養育者が頻繁に替わったり、家族の位置づけがたびたび変わったりするという(養育家庭が何回も替わるような)養育歴が明白である。

診断基準:DSM-5

  1. 以下のうち少なくとも2つによって示される、見慣れない大人に積極的に近づき交流する子どもの行動様式:
  1. 見慣れない大人に近づき交流することへのためらいの減少または欠如
  2. 過度に馴れ馴れしい言語的または身体的行動(文化的に認められた、年齢相応の社会的規範を逸脱している)
  3. たとえ不慣れな状況であっても、遠くに離れて行った後に大人の養育者を振り返って確認することの減少または欠如
  4. 最小限に、または何のためらいもなく、見慣れない大人に進んでついて行こうとする。
  1. 基準Aにあげた行動は注意欠如・多動症で認められるような衝動性に限定されず、社会的な脱抑制行動を含む。
  2. その子どもは以下の少なくとも1つによって示される不十分な養育の極端な様式を経験している。
  1. 安楽、刺激、および愛情に対する基本的な情動欲求が養育する大人によって満たされることが持続的に欠落するという形の社会的ネグレクトまたは剥奪
  2. 安定したアタッチメント形成の機会を制限することになる、主たる養育者の頻回な変更(例:里親による養育の頻繁な交代)
  3. 選択的アタッチメントを形成する機会を極端に制限することになる、普通でない状況における養育(例:養育者に対して子どもの比率が高い施設)
  1. 基準Cにあげた養育が基準Aにあげた行動障害の原因であるとみなされる(例:基準Aにあげた障害が基準Cにあげた病理の原因となる養育に続いて始まった)。
  2. その子どもは少なくとも9ヵ月の発達年齢である。

該当すれば特定せよ
持続性:その障害は12カ月以上存在している。

現在の重症度を特定せよ
脱抑制型対人交流障害は、子どもがすべての症状を呈しており、それぞれの症状が比較的高い水準で現れているときには重度と特定される。

※参考文献
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)