こころのはなし

こころの病気に関わるいろいろなお話を紹介します。
「こころの病」についての知識をはじめ、
バラエティに富んだ情報を提供するなど、
患者様はもちろんご家族など皆様との交流を目指すコーナーです。

     

神経衰弱

F48.0 神経衰弱 Neurasthenian

疾患の具体例

33歳、女性。出産を機に仕事をやめ、家事と育児に専念しています。子どもは4歳で幼稚園に通っています。同じ幼稚園に子どもを通わせる母親との付き合いに悩み、ストレスを感じるようになりました。母親同士のグループで仲間はずれにされ、陰口を言われることもあります。それでも子どものために付き合いを続けていますが、母親たちと会った日は強い疲労感に襲われ、家事も炊事もできなくなります。家にいるだけなのにめまい、体の痛みを感じ、夫からは「しっかりしてほしい」と言われました。途方に暮れて精神科クリニックを受診すると「神経衰弱」と診断されました。

特 徴

「神経衰弱」は、最近ではあまり用いられなくなった名称ですが、「ICD-10」では独立した診断名として扱われています。 まず、この障害には2つ病型があります。1つは、精神的な努力のあとに疲労が増強するタイプです。仕事を成し遂げられなくなったり、日常的な作業をする能力が低下したりします。精神的に疲れやすく、つい関係のないことを考えたり、連想したりして物事に集中できなくなるのが典型です。 もう1つのタイプは、何か努力をしたあとに体が疲れ、激しく体力が消耗するものです。筋肉に痛みを感じ、休んでいてもくつろげない感覚を伴います。 これら2つのタイプには、共通点も多く見られます。例えば、めまい、筋緊張性頭痛、全身の不安定感など、さまざまな不快な身体感覚です。患者さんは、精神的・身体的症状が悪化することを心配し、本来であれば楽しいことも楽しめず、満足感や快感を得られなくなります。また、軽度の抑うつと不安を抱える人も多く見られます。睡眠も障害され、眠りにくくなる人がいますが、逆に睡眠過剰が目立つ人もいます。

有病率

この障害を疫学的に調査研究した結果はあまりありません。1994年にスイスで行われた研究では12%の有病率だと言われています。また、社会的、経済的に恵まれない人々に多いと指摘する報告がありますが、社会的、経済的に恵まれた人たちによく起こるという意見もあります。 好発年齢は青年期と中年期です。ただ、小児期に発症することもあり、その場合は成長痛や疲労、睡眠障害などが前兆になるとも考えられています。

原 因

慢性的なストレスによって引き起こされます。ストレスによる疲労が蓄積されることで、脳内の貯蔵栄養分が枯渇、消耗する仕組みが関連していると言われています。あるいは、拒絶された感覚や低い自尊心、無価値感、抑圧された怒りなどに対する反応と見なす研究者もいます。

治 療

身体症状を和らげる薬物(鎮痛剤、緩下薬など)と、精神療法の併用が有効です。抗うつ効果と抗不安効果を併せ持つ「セロトニン作動性薬物」は、もっとも有用な部類の薬です。ただし、「ベンゾジアゼピン」のような乱用の可能性のある薬物は慎重に投与されなくてはなりません。慢性疲労と快感消失が強い患者さんには、中枢神経興奮薬の少量投与が治療の手助けとなります。人によっては、これらの薬物を長期投与する必要があります。依存が生じないように、増量はめったにしないことが求められます。 精神療法に関しては、生活上にストレスがあることと、ストレスの対処法を認識できるようになるための手助けが必要とされます。自分では無自覚だった感情、感覚、考え方などに“気づき”をもたらす「洞察療法」を行わなくては、症状が回復しないだろうとも言われています。

予 後

治療をせずにいると慢性的に症状が続き、1つまたは複数の症状によって日常生活に必要な能力を失います。大人では仕事ができなくなったり、社会関係、夫婦関係、対人関係が損なわれたりします。子どもの場合は、成績の低下、無断欠席の増加など、学校生活を送ることが難しくなります。

診断基準:ICD-10

確定診断のためには、以下のことが必要である。

(a)以下の2つのうちのどれか。

  1. 精神的努力のあとの疲労の増強についての持続的で苦痛な訴え。
  2. あるいは、わずかな努力のあとの身体的な衰弱や消耗についての持続的な苦痛の訴え。

(b)以下のうち少なくとも2つを満たすこと。

  1. 筋肉の鈍痛と疼痛
  2. めまい
  3. 緊張性頭痛
  4. 睡眠障害
  5. くつろげない感じ
  6. いらいら感
  7. 消化不良

(c)いかなる自律神経症状や抑うつ症状があっても、本書の中のより特異的な障害のいずれかの診断基準を満たすほど十分に持続的で重症でないこと。

診断基準:DSM-5

記載なし

※参考文献
『ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン(新訂版)』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト』(メディカルサイエンスインターナショナル)