こころのはなし

こころの病気に関わるいろいろなお話を紹介します。
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物質・医薬品誘発性抑うつ障害

物質・医薬品誘発性抑うつ障害 Substance/Medication-Induced Depressive Disorder

疾患の具体例

24歳、男性。1カ月前に仕事でトラブルがあったことを機に、アルコールを大量に飲むようになりました。毎晩、浴びるように飲むようになって数週間がたつ頃、不眠や不安、イライラが強くなり、気分がどんよりと落ち込み、生きることへの活力がわかなくなってきました。その程度は非常に重く、仕事も家庭生活もままならなくなりました。

特 徴

「物質・医薬品誘発性抑うつ障害」は、うつ病をはじめとする抑うつ障害で、物質や医薬品(アルコール、違法薬物、睡眠薬や鎮静薬、ステロイド、インターフェロン、経口避妊薬など)を使ったことによって引き起こされる点が特徴です。 抑うつ症状は、物質・医薬品の使用期間中か、使用後1カ月以内に発症します。また、通常考えられる物質・医薬品の作用や中毒、離脱期間を超えて抑うつ症状が持続します。それによって、仕事や学校、社会生活などに著しい支障を来していることが、診断の要件になっています。

本当に物質・医薬品によって引き起こされた抑うつ障害なのか、物質・医薬品と関係のない抑うつ障害なのかは、医師が慎重に判断します。例えば、過去にうつ病にかかったことのない人がα-メチルドパ(降圧薬)を使い、最初の数週間に抑うつが発症した場合は、物質・医薬品誘発性抑うつ障害と診断するのが適切です。一方、物質・医薬品を使用する前から抑うつ症状があったり、症状がせん妄の経過中にのみ起こったりする場合は、物質・医薬品と関係ない抑うつ障害と考えられます。 また、何らかの病気があって治療のために医薬品を使用している人も、医薬品というより病気の生理学的結果によって抑うつ症状が引き起こされている可能性があります。その場合は、「他の医学的疾患による抑うつ障害」と診断されます。 物質・医薬品誘発性抑うつ障害かどうかを特定するために、もともとの病気に対して使っていた医薬品を変更したり、中止したりする場合があります。その結果、抑うつ障害の原因が、もともとの病気と物質・医薬品使用の両方と考えられる場合は、二つの診断名(他の医学的疾患による抑うつ障害、物質・医薬品誘発性抑うつ障害)をつけてもよいとされています。

そもそも抑うつ症状は、物質中毒や物質離脱でもよく起こるもので、通常は物質特異的中毒や離脱という診断になります。しかし、特別な治療が必要なほど重篤な場合には、物質・医薬品誘発性抑うつ障害と診断されるのです。例えば、不快気分はコカイン離脱に特有の徴候ですが、気分障害が非常に強い、または長く持続し、特別な治療や注意が必要なほど重篤であれば、コカイン離脱ではなく、物質・医薬品誘発性抑うつ障害と診断されます。

なお、物質使用障害のないうつ病の患者さんと比較すると、物質・医薬品誘発性抑うつ障害の患者さんは病的ギャンブル、妄想性、演技性、および反社会性パーソナリティ障害のある可能性が高いと考えられています。一方で、持続性抑うつ障害(気分変調症)である可能性は低いようです。

有病率

アメリカの代表的成人人口において、物質・医薬品誘発性抑うつ障害の生涯有病率は0.26%です。

経 過

物質・医薬品誘発性抑うつ障害は、物質・医薬品の使用中か離脱中に発症します。物質使用の最初の数週間~1カ月以内に抑うつ症状が発症するのが典型的です。通常、物質の使用を中止すると、症状は数日~数週間以内に改善します。その期間は物質によって異なりますが、中止から4週間以上たっても症状が続く場合は、他の原因を考えるべきです。

原 因

月経周期に連動するホルモンが月経前不快気分障害と関連しているようですが、正確な病因はわかっていません。ほかに、周囲の環境が原因となり得ると考えられています。

気質要因:
すべての薬物に共通するリスク要因に、うつ病の既往、薬物誘発性抑うつの既往、そして心理社会的ストレスがあります。

環境要因:
特定の種類の医薬品がリスク要因になっていることがあります。

診断基準:DSM-5

  1. 顕著で持続性の気分の障害が優勢な臨床像であり、抑うつ気分、または、すべてのまたはほとんどすべての活動に対する興味や喜びの著明な減退によって特徴づけられる。
  2. 既往歴、身体診察所見、または検査結果から(1)および(2)の両方の証拠がある。
  1. 基準Aの症状は物質中毒または離脱の期間中または直後に、または医薬品への曝露の後に出現した。
  2. その物質・医薬品は、基準Aの症状を生じさせることができる。
  1. その障害は、物質・医薬品誘発性ではない抑うつ障害ではうまく説明されない。物質・医薬品誘発性ではない抑うつ障害でうまく説明されるという証拠には、以下のものが含まれる: 症状が物質・医薬品の使用の開始に先行する; 症状が急性の離脱または重度の中毒が終わった後、かなりの期間(例:約1カ月)持続する; または別個の非物質・医薬品誘発性抑うつ障害が存在することを示唆する他の証拠(例:非物質・医薬品誘発性エピソードの再発歴)が存在する。
  2. その障害はせん妄の経過中にのみ起こるものではない。
  3. その障害は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
    注:この診断は、基準Aの症状が優勢な臨床像であり、臨床上の注意を必要とする病院度重篤な場合にのみ、物質中毒または物質離脱の診断に代わって下されるべきである。

※参考文献
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』(医学書院)
『カプラン 臨床精神医学テキスト 日本語版第3版』(メディカルサイエンスインターナショナル)