家族教室

2009年度第10回 家族会報/家族教室開催報告

2009年11月1日(日)16:30~18:00 ハートクリニックデイケア

講 師:池沢 佳之 /ハートクリニック 精神保健福祉士

テーマ:就労支援について

2009年第10回の家族教室は「就労支援について」とのテーマで、統計資料や最新の就労支援の考え方、様々な制度などを利用した具体的な就労支援の進め方の説明や、事例を交えて、当院のデイケアスタッフ(精神保健福祉士)よりお話をさせて頂きました。当日は、従来に比べて、男性の参加が目立ったのが印象的でした。

精神障がい者にとっての就労支援

当院だけにとどまらず、精神障がい者をもつ方で、働くことを希望する方は非常に多いのが現状であると思います。しかし、精神障がいをもつ方が働くことを考えたときに、取り巻く現状は、必ずしも恵まれているとは言えず、むしろ状況は厳しいのではないかと思われます。

1つ目は、働くことを希望していても、働く場所がまだまだ多くはないといえます。2つ目は、精神障がいをもつ方は、疾病(症状)と障がいの両方を併せ持つことが多いために、安定して働くことが難しかったり、またなかなか周囲の人々の理解が得られにくいと言うことがあります。3つ目は、障がい者の就労支援、特に精神障がい者を持つ方の就労支援の制度面や支援技術、考え方などにまだまだ遅れがあると言うことです。

このように状況の中で、精神障がいをもつ方の就労を支援していくことは、確かに難しい点が多く見られますが、やはり働くことは障がいがあってもなくても、「人間にとってとても重要な活動」であることは事実です。そこで、当院のような精神科(心療内科)の診療所でも治療と同じように就労支援も重要であると考えています。

統計資料から見る就労支援

まず、統計資料をもとに精神障がい者の雇用の状況について見ていきたいと思います。最初の資料は2006年の資料ですが、3障がい(精神・身体・知的)の民間企業においての就業状況です(表1)。

表-1. 就業状況

 

精神障害

知的障害

身体障害

合計

2,545人

35,504人

201,219人

民間企業

2,189人

35,119人

171,721人

この統計の対象となる精神障がい者は、精神保健福祉手帳を取得している方です。2006年から精神障がい者も法定雇用率の算定が出来るようになったために、あらわれた資料ですが、他の障がい者に比べて、精神障がい者は手帳を利用して雇用を考える方も少なく、また民間企業に雇用される方も少ないのが現状です。

しかし、この統計はあくまで、手帳取得者で、従業員規模が一定数以上の企業に雇用されている方に限られているため、実際の精神障がい者の雇用状況とは違っている部分も考えられますが、それを考えても、雇用状況が恵まれているとは考えられないのが現状です。 ちなみに法定雇用率は1.8%に対して、実雇用率は1.52%です。

また、2003年の精神障がい者の社会復帰サービスのニーズ調査の資料です。ここでは「精神障がい者本人の仕事をしていない理由」と「精神障がい者の就労状況に関する主治医の意見」について解説いたします。(表2・表3)。

この資料の表2は、仕事をしていない外来通院患者さんに仕事をしていない理由を尋ねたところ、「仕事をする気はない」と答えた人は20.2%に過ぎませんでした。この調査には60歳以上の方も対象に含まれているので、そのことを考えても、何らかの形で就労を希望している方が比較的多いのではないかと考えられます。

次に調査対象者の主治医に就労能力を尋ねたところ、フルタイムやパートタイムでなら就労可能と考える(50%強)一方で、約4分の1の方に関しては就労することは困難ではないかと考えているようです。年齢的な問題も関係していると思いますが、やはり、症状と障がいを同時に併せ持つことが、就労能力にも影響を与えているのではないかと考えられます。

補足説明として、統計資料の中で、「法定雇用率」という用語が出てきたので、説明を加えますと、「障害者の雇用の促進等に関する法律(障害者雇用促進法)」に基づいて、民間企業や国、地方公共団体はそれぞれの割合(法定雇用率)に相当する数以上の身体障害者又は知的障害者を雇用しなければならないとなっています。例えば、民間企業では法定雇用率は1.8%となっており、社員が1000人の企業では18人の障がい者を雇用しなければならないと定められています。しかし、法定雇用率について考えなければならないポントが主に2点ほどあり、1つは平成20年(2008年)の民間企業の実雇用率(実際に雇用されている障がい者の割合)は1.59%と法定雇用率が達成できていないと言う点です。年々民間企業の実雇用率は上がってきてはいますが(ちなみに平成18年(2006年)は1.52%)、罰則が軽いために、障がい者を雇用するに至らない民間企業もまだまだ多いと言うのが現状です。2つ目は身体障がい者や知的障がい者は雇用の義務であるのに対して、精神障がい者は、必ずしも義務とはなっていないと言う点です。平成18年(2006年)から精神障害者保健福祉手帳取得者が民間企業などに雇用された場合、雇用率に算定されるようになりましたが、必ずしも義務ではないために、まだまだ民間企業に雇用される精神障がい者の数は多くありません(もちろん、2006年は2,189人 → 2007年は3,733人と人数の伸びは見られます)。

最近の就労支援のトレンド

最近の就労支援の流れとして、IPS(individual Placement and Support)という個別就労支援プログラムが少しずつ日本でも行われるようになってきました。このような考え方や支援方法は、もともと1990年代前半にアメリカで開発された就労支援モデルです。このモデルの考え方では、就労することそのものが治療的効果があると考えて、最終的には就労だけにとどまらず、たとえ重い精神障がいをもつ方であっても、生活の自立度を高めて、自尊心を高め、症状への理解や対処能力も高め、生活全般に満足感を得られることを目標としています。つまり働くことがそれらの目標を達成するために手段であると考えています。

次にIPSの基本原則を示します(表4)。  この原則を要約すると、「病気や症状の重さに関わらず、障がいをもつ方が、働くことを希望したならば、本人の希望やニーズに合った就労支援のサービスを迅速に提供し、早く現場に出て仕事に慣れる(place- then - train)」と言えます。しかし、まだまだ日本の就労支援の考え方としては、「医学モデル(症状が軽減してから、就労支援が始まる)」が、就労支援の現場では主流な考えです。一概に、この医学モデルが悪いと言うわけではなく、必要な考え方ではありますが、医学モデルのみで考えていくと、ついつい「本人の出来ていないところ」「本人の弱点」に目が向きがちになってしまことがあります。しかし、そうではなく例え医学モデルで考えていくにしても、就労を希望する障がい者の周囲の支援者(専門家、家族など)は「本人の出来ているところ」「本人の強み」にも目を向けていくことが大切ではないかと思います。

表-4. IPSの基本原則

  • •症状が重いことを理由に就労支援の対象外としない
  • •就労支援の専門家と医療保健の専門家でチームを作る
  • •職探しは,本人の興味や好みに基づく
  • •保護的就労ではなく,一般就労をゴールとする
  • •生活保護や障害年金などの経済的な相談に関するサービスを提供する
  • •働きたいと本人が希望したら,迅速に就労支援サービスを提供する

具体的な就労支援

次に、具体的な就労支援の流れですが、まず就労支援を始める前にクリニックで出来る準備を以下に示します。

  • •自己管理(症状、生活、ストレスなど)
  • •定期的な服薬
  • •基礎体力作り(集中力など)
  • •対人関係能力の向上
  • •認知行動療法
  • •問題解決能力の向上
  • •サポート体制作り

これらの項目が全て出来ないと駄目と言うことではなく、あくまで1つの目安と考えていただければと思います。

次に具体的な支援の流れですが、主に相談窓口や訓練などの施設をご紹介いたします。

<主な相談窓口>

  • •就労支援センター(横浜市7ヶ所)
  • •神奈川県障害者就労相談センター(石川町)
  • •ハローワーク(公共職業安定所)

※主治医の意見書が必要です

<主な就労準備や訓練>

  • •就労相談センター
  • •神奈川県障害者職業センター(相模原市)
  • •神奈川県障害者就労相談センター
  • •就労支援事業所
  • •作業所

※作業能力の評価や訓練が中心

その他に利用できる制度として、ハローワークで「障害者就職合同説明会」などの情報を得ることが出来ます。また、職場(協力事業所)などで実際に働きながら訓練のできる制度もあります。詳しくはクリニックの主治医や精神保健福祉士、デイケアスタッフ(精神保健福祉士や臨床心理士)にご相談ください。

事例

セミナーでは、実際の就労支援の事例を一部改変して紹介させて頂きました(紙面では割愛させていただきます)。ここでは、架空のモデルケースをご紹介させていただきます。

(デイケア太郎さん)

主治医の勧めで、デイケアに参加をしましたが、参加当初より就労の意欲が高く、デイケア参加と平行して、就職活動も行っていましたが、どちらも中途半端な状況でなかなかうまくいきませんでした。そこで、デイケアスタッフと相談して、まずはデイケア通所を安定させることから始めてみました。そこで、週4~5日のデイケア通所と平行してデイケアスタッフとの面接を行い、生活のリズムを安定させると共に、面接の中で「出来ている点」「ウィークポイント」を整理していきました。また、退職してから少し時間が経過していることから、改めて現在の就労能力や適正などを把握するために、就労相談センターを利用し、様々な評価や検査を行いました。その情報を基にしてハローワークで障害者窓口(専門援助部門)や障害者就職合同説明会に参加し、就職活動を継続しています・・・

もちろん、この事例はあくまでほんの一例で、就労支援はその人その人に応じたアプローチや資源を活用することが大切です。

最後に

就労支援の入り口としては、様々な専門家の手を借りることも多いと思いますが、実際に雇用に結びつき、仕事が継続していくと、専門家の援助よりもご家族のサポートが非常に重要になってくると思います。かと言って特別なサポートが必要と言うよりは、日ごろから行っている関わり(ご本人の状況を把握して、状況に応じた働きかけを行っていくことや、仕事の愚痴を聞いたり、職業人の先輩としての働き方を伝えるなど話し合いの時間を持つこと)が非常に重要になのではと思います。